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  Mozart in Seitoku 2006

モーツァルトは育ったか・・
〜美に凝縮された生涯〜

音楽文化学科教授
八杉忠利


 2006年は、作曲家W.A.モーツァルト(1756-1791)の生誕250年にあたる記念すべき年であり、彼に関する様々な催しが各地で開催されている。

 クラシック音楽に親しんだ経験のある人なら誰でも一度はモーツァルトの曲に出会ったことがあるだろう。こどもの頃から私はモーツァルトの音楽に特別の親しみを感じていた。

 ピアノを学び始めた頃、右手と左手に置かれたごく少数の音群たち、それは理由なき美しい響きで私を包みこみ、透明感に満ちあふれた不思議な世界だった。しかも音は極端に少ない。少年時代の私は、モーツァルトの音楽の響きに魅せられ、何物にも代え難い私だけの空間をよく楽しんだ。彼がいかなる環境で育ち、どのような人物であったかなどは知る由もなかった。ましてや、後年、映画「アマデウス」に描かれている品性のないモーツァルトの人間像などは想像したこともなかったのである。史実はどうあれ、また人間性がどう伝えられようとも、彼の書いた音楽作品は珠玉の響きであることに変わりはない。少年時代の印象は強烈であり、そしてそれは私が大人になって現在に至っても心のどこかに記憶として残っている。

 ピアノのレッスンに通い始めた頃、私はあの複雑な運指を要求される対位法の音楽にうまく馴染めなかった。それでいつもバッハの曲は後回しにして、モーツァルトの曲を好んで練習していたことを思い出す。教師は私が偏向した趣味に偏ることをおそれ、その傾向を察知して私に音楽を嫌いにさせないようあらゆるジャンルの曲を選び練習用に与えたのであろう。いつの間にか私のモーツァルトの音楽に対する偏狂は次第に薄められていったようである。

 やがて、作曲家になるべく和声のレッスンに通うようになった。限られた音の重なり方、配置の方法によって様々な響きが得られること、それが進行していく際に生じる様々な音楽的現象を体験していくうちに、次第にその不思議な世界に没頭するようになった。「決して無駄な音を置いてはいけない。存在理由のない音を書いてはいけない。」という信念のもとに、和声のレッスンではモーツァルトやベートーヴェンの譜例をいつも教示された。どこにどういう音を置くとどういう音がするのか・・ということを多感な青年時代にモーツァルトの譜例から多くを学んだ。それらの実例が過不足なく存在理由を主張しているのであるということに気がついていくのはもっと後のことである。

 幼少の頃より作曲を始めたモーツァルトだが、その後の西洋音楽における構成美の原点をモーツァルトは如実にしかも限りない上品さとともに単純なしかけのなかに埋め込んでしまった。そして限りない美しさを主張する音楽を通して人々はその才能に敬服してきた。19世紀ロマン派の作曲家ブラームスは、モーツァルトに畏敬の念を抱きつつ「もはや我々にはあのモーツァルトのような美しい作品を書くことはできない・・」という言葉を残している。しかしながら、モーツァルトの数多くのジャンルにおけるすべての曲が第一級の作品として存在しているとは私にはどうしても思えない。やはり天才の名をほしいままにした彼にも第三者の影響を必要としながら補完されるべき分野が存在した。例えば弦楽四重奏曲においては先輩であるハイドンの方が一歩長じていると思うし、モーツァルト自身もそれを認め、ハイドンの弦楽四重奏曲の書法から多くを学んでいるのである。

 モーツァルトもまた「学ぶ」という人間として存在するための永遠の課題から逃れることはできなかった。こどもから大人に、大人から人の親となり、そして当時の社会環境が彼に与えた様々な精神的試練によって彼の音楽作品がより味わい深いものに育っていったのだと私は思う。特に、当時の音楽家の多くがそうであったように、世襲によって音楽家になるべく育てられた彼は、その最大の庇護者であると肉親との絆は深く、その存在は彼の音楽活動において大きかった。事実、母や父の死に直面したときの彼の音楽には、明らかにそれまでとは異なった色彩が投影されているのが感じられる。しかし、それは安直な同情や慰めや嘆きなど人間の持つ様々な次元における直接的な心情を楽譜に定着させるのではなく、現世の人間がもつ感情を超えたより崇高な世界へと昇華させているように思えてならない。そういう意味において彼は「音」に対して極めて冷厳な姿勢を貫いていると私は思う。そこに私は他の作曲家にない魅力を覚える。その悲しみの疾走のなかにこそ彼の孤独で人間の深い嘆きを私たちはそれぞれに受けとめることができよう。すでに多くの研究者が長い歳月をかけてそれらの諸現象が具体的に紐解かれ、学術的に証明されながら次第に彼の人間に宿る「音楽」の実態が明らかになりつつある。

 モーツァルトが一個の「人間」である限り、我々音楽家はモーツアルトの楽譜に記されたメッセージにおける「人間的な視点」を忘れてはならないと思う。天才は、自ら意識して育つ自覚に乏しいものというのは誤りである。環境に触発されながら年齢とともに育っていく現象は、あるいは周囲には自分自身の努力ではないように見えるかもしれない。いかなる生殺紙一重の環境にあっても自らを育てる術を無意識に心得ている人が天才と言える希有の人間なのである。あるいは凡人には感知できないことであるかもしれない。そうした環境のなかで自らを育て自然醸造されたモーツァルトの音楽作品からは、凝縮された音群を媒体にして人間の自然な声と豊かな息吹を感じ取ることができる。特に彼が重要視したオペラ作品においては、庶民のささやかな喜びや、たわいもない滑稽とさえ思えるような行為、下品にして不道徳とも思える言動も冗談と化し、昇華されて面白く喜びに満ちたものへと変容し、心から人を楽しませる秀逸なものに結実したのだが、その伏線として「人間はかくあるべき」という暗示が伝わってくるのだ。「音」の一つ一つはいかなる思想が隠されていようとも整然として精選され、書かれた音の存在理由を主張し、動揺のかけらも見られない。そして多くの悩みも諦めさえも「音楽の美しさ」のなかにすべて包み込んでしまうのである。

 音楽の構成原理を生まれながらにして身につけていたモーツァルトは、それらを自由自在に操り、いささかも力まず、人間を愛し、音楽本来の美を歪めることはなかった。モーツァルトの35年間の人生において一瞬たりともその響きが曇ることはなかった。それは社会が自然に彼の人間的成長のために与えた様々な潜在的教育によって支えられたものであったかもしれない。結果として、短くはあったが凝縮され完全に燃焼し尽くされた豊かな生涯であったと言えるのではないだろうか。   

やすぎ ただとし(作曲・音楽理論)


・教員紹介:八杉忠利
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