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心理教育相談所レポート

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【2012/03/24】

エコ・フィロソフィを考える

 平成24年3月24日(土)、当相談所主催の講演会「エコ・フィロソフィを考える-東日本大震災をふまえて-」を開催しました。講師にお招きしたのは、東洋大学学長の竹村牧男先生です。

 東日本大震災は、私たちに大自然の威力をまざまざと見せつけました。竹村先生によれば、今こそ、人間と自然の関係が本来どうあるべきか、ということを掘り下げるときではないかということです。

 竹村先生によれば、あらゆるいのちを尊重するという立場が、今日あまりにも忘れられているのではないかとのことでした。
自然というのは自立した主体であり、自然自身がひとつの生き物であるという観点で、自然のあらゆるいのちを尊重していくことが重要だそうです。
人間が生きていくには、他のいのちを奪わなければなりません。しかし、あらゆる生き物は生きる権利を有していると考えることで、他のいのちを奪うことは最小限にすべきだと考えることができるそうです。そして、その考えは、今日問題になっている、生物多様性の保全に繋がるとのことでした。

 日本人にはもともと、自然は自浄作用でどんなことがあっても復元できるという、甘えに近い自然観があり、そこに西洋から自然を支配する思想が入ってきたといいます。西洋的な考え方では、自然を「対象」として捉えるのに対して、仏教など東洋的な考え方では、人間が置かれている「場所」として自然を捉えるそうです。
 場所として自然を捉えることによって、「生かされている自己」という思いが深まるのではないか、ということでした。「自己」と、「自己が置かれている場所」との関係を考えると、その二つは決して切り離すことができません。そのため、環境と自己はひとつなのだという見方が成立するそうです。
 いのちは、外界と絶えず交流する形で維持されていて、食べ物や水の摂取と排せつ、呼吸による空気の循環に代表されるように、人間は環境という「場所」に生かされていると考えられるそうです。
場所があればこそ人間が生きられる。場所が無くなれば、人間そのものが成り立たなくなる。つまり、環境なしには人間はあり得ない。そうだとすれば、環境をわざわざ汚染したり、破壊したりというようなことはできないはずとのことでした。


今、私たちに求められているのは、自己と自然との関係性、自己と他者との関係性、あるいは、自己といういのちの構造を、深く掘り下げて明瞭に認識することではないかということでした。

 竹村先生には、生き方を見つめ直すきっかけになるような難しい内容を、とても分かりやすくお話いただきました。
ご参加いただいた皆様の満足度も高く、とても有意義な講演会となりました。

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